歴史を継ぎ、未来を醸す
2008年11月28日、早朝――
酒米を蒸す蒸気が、休業から20年の時を経て、再びこの蔵に立ちのぼりました。
1988年に幕を下ろした酒造りに、もう一度命を吹き込みたい。その強い想いを胸に、20年の歳月をかけて再興を目指しました。
清酒離れが進む中で、「自分が本当に造りたい酒とは何か」「誰に届けたいのか」。
何度も問い直し、悩みながらも、多くの方々に支えられて、私たちは再びこの地で酒を醸すことができました。
2008年、それは蔵にとって新たな歴史のはじまりです。家族中心の小さな蔵ですが、一年ごとに造りを重ね、少しずつでも理想の酒に近づいていけるよう、これからも真摯に酒造りに向き合ってまいります。
6代目 杜氏 小松 潤平
(2009年3月、初しぼり初出荷の日に記す)
私たちの酒造りは、この言葉に尽きます。
地元・宇佐市の大地で育てた米。阿蘇・由布・くじゅうの山々から流れ込む伏流水。自然の恵みと向き合いながら、この土地の風土に根ざした酒を、まっすぐに醸しています。
“地の米”と“地の水”にこだわるのは、流行や技術だけでは決して再現できないこの地だけの味わいを届けたいから。
気候、風土、米、水。
すべてが揃ってこそ生まれる、大分ならではの一杯を、どうぞご賞味ください。
食と寄り添う酒を目指して
現代の食卓は、和洋中、そして創作料理まで多様化しています。
それに伴い、お酒に求められる役割も変わりつつあります。
私たちが目指したのは、油を使った料理や味の濃い料理にも合う酒。
赤身の刺身、酢の物、揚げ物、肉料理。
こうした濃い味わいの料理に負けず、後味はすっきりと。
飲めば自然とまた箸が伸びる、そんな食中酒を思い描いて醸しています。
酵母の技術が進み、香りの高い酒を造ることは難しくなくなりました。
けれど私たちは、主張しすぎる吟醸香が料理を邪魔してしまうと考えます。
主役はあくまで料理。酒はその脇で、料理の味わいを引き立てる名脇役でありたい。
何気ない日常の食事が、ふと特別に感じられるそんな日本酒を目指しています。
仕込み水の力を信じて
酒造りの要は「水」。
私たちが使うのは、阿蘇外輪山、くじゅう連山、由布岳に降り注いだ雨や雪解け水が、長い歳月をかけて地層を通り、自然に濾過されてたどり着いた、宇佐市長洲の伏流水です。
この仕込み水は、硬度160〜170の中硬水。全国的にも珍しいほどミネラルを豊富に含み、酵母の働きを力強く支えて、しっかりとした発酵を促します。
その結果、酒には芯のある旨みとキレの良さが生まれ、豊潤の味わいの骨格を形づくります。
この水の個性が最もはっきりと表れるのが「生酒」。
火入れをせず、酵母や酵素が活きたまま瓶詰めされることで、水の持つミネラルとエネルギーが酒にそのまま現れ、厚みのある味わいとシャープな後口を兼ね備えた一本に仕上がります。
一方でこの水は、長期熟成酒の基盤としても優れています。
年月をかけてゆっくりと丸みを帯びていく過程の中でも、酒の芯がぶれることなく、穏やかで奥行きのある味わいを育んでいきます。
清らかでいて力強い、宇佐・長洲の水。
その特性が、「今を楽しむ生酒」と「時を重ねる熟成酒」――ふたつの異なる表情を、私たちの酒に与えてくれています。
自然の恵みに感謝し、この水と真っすぐに向き合い続けること。
そして、この地でしか醸せない、唯一無二の酒を目指して――私たちは今日も酒を仕込みます。
「大分三井」復活への想い
この地に生まれた米と、この地で醸す酒。大分でしか出逢えない一杯を。
「大分三井(おおいたみい)」は、かつて大分県で開発され、地元で広く親しまれていた食用米です。風味豊かで大粒ながら、栽培の難しさから昭和40年代には姿を消しました。
それでも私たちは、この米に可能性を感じていました。地元の土と水、風土に育まれた米で、この土地にしかない味を醸したい。
その想いから、わずか一握りの種籾を譲り受け、復活への挑戦を始めました。
数年にわたり試験栽培を重ね、ようやく酒造りに使えるだけの収穫量にたどり着きました。
「食用米だからこそ生まれる旨さがある」。あえてその個性を活かし、酒米として仕込みに挑む私たちの想いは、“大分の米で、大分の水で醸す”という信念そのものです。